イタリア&パリ旅行兼デプロメール服用体験記

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2000/7/8〜2000/7/19のイタリア旅行兼デプロメール服用体験記を掲載します。



7月
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8日目(2000/7/8)
早朝に起きて出発の準備をする。
昨日タクシーを予約していたが、台風の影響で来れない、という電話があり、慌ててタクシー会社に電話を掛ける。
しかし、どこもタクシーが捕まらないので、幹線道路に出て直接タクシーを捕まえれることにする。
運良く、数分で捕まり、駅までタクシー。
電車を乗り継ぎ、新宿から成田エキスプレスに乗る。
この時点でやっとほっと一息つき、タバコを吸い、テンパっているので、デプロメール1錠とデパス1錠を飲む。
しかし、成田に無事着くのか、飛行機が飛ぶかどうかの不安は残っている
成田エクスプレスは時間通りに成田に到着し、徐々に天気も回復する。
飛行機も若干の遅れはあったものの、昼過ぎに離陸し、まずは一安心
飛行機は満員で、やけにイタリア人が多く、にぎやか。
離陸後、1時間後に機内食が出る。和食と洋食があったが、迷わす和食。
昼食を食べ、機内は暗くなり、音楽を聴きながら眠りにつく。
起きてみると、日本時間の夕方だったが、ヨーロッパの時間では朝になるので、朝食のおにぎりが出る。おにぎりを食べた後、デプロメールを1錠飲む。
この時、全工程の半分くらいでまだまだ到着までは長い。
既にかなり飽きていたが、音楽を聴いたり、ガイド本を読んだりして時間を潰す。
眠れれば一番良いのだが、眠れない
そのうちに昼食の時間が来て、スパゲッティ−を食べる。
その後、2時間くらいでやっとミラノに到着。
僕らはローマ行きだったので、一旦降りて、タバコを一服して、再搭乗。
ミラノからローマまで、1時間で到着。
ローマの飛行場からホテルまで1時間程度で到着し、現地時間の夜10時だった。
ホテルはバチカン市国のそばで立地はまあまあだが、ホテル自体はイマイチで、特にシャワーの水周りは悪く、レストランや喫茶店もなく、隣の部屋の音が聞こえるし、パソコンをネットにつなぐこともできない。去年行ったロシアのホテルの方がむしろ良いくらいである。
腹が減ったが、レストランも開いていないようなので、持参したお茶漬けを食べる。
お腹も満足したところで、デプロメールを1錠飲み、眠剤を飲み、就寝。

9日目(2000/7/9)
観光の出発の時間が早いので、早めに起きて朝食を食べる。
朝食後、デプロメールを1錠飲む。
8:30に出発。
今年から、市内の観光バスが禁止になったということで、Jバスという市バスで移動する。
まず、ヴィットリオ・エマヌエレ2世記念堂という、イタリアを初めて統一した皇帝が建設した建造した建物へ向かう。
そこから、歩いてフォロ・ロマーノという古代ローマの遺跡に向かう。
天気が良く、からっと暑さで、日差しが強い。サングラスがないと、ちょっと辛い。
また歩いて全ての神を祭ったパンテオンへ。その途中、遠めに闘技場であったコロッセオがあったが、遠くに見ただけで通り過ぎる。
パンテオンには、画家のラファエロとヴィットリオ・エマヌエレ2世のお墓がある。また、ミケランジェロはこの建物を見て「完璧な建物だ」と言ったらしい。
そこからまたJバスに乗り、トレビの泉へ。
8年程前、イタリアに来た時に、トレビの泉にコインを投げ入れたお陰か、またローマに来ることができた。
今回もトレビの泉にコインを投げ入れ、イタリア名物のジェラートを食べる。
その後、DUTY FREEショップへ向かうが、あまり買いたいものはないので、あえて買わない。
今後は歩きで「ローマの休日」で有名なスペイン広場に向かう。
オードリー・ヘップバーンが「ローマの休日」でジェラートを食べる場面は有名だが、最近ではスペイン階段でジェラートを食べることは禁止されていて、食べると警察に怒られるということだった。
ここは人が多く、ジプシーのスリがいるとのことで、ちょっと警戒しながら歩き回る
ここからバス停まで歩き、Jバスでレストランへ。
昼食はスパゲッティ、エビをボイルしたものとサラダ、デザートで、あまり重くなく、味もまあまあ
それからバチカン市国のサン・ピエトロ寺院へ向かい、ここで解散となる。
サン・ピエトロ寺院はカトリックの総本山で、聖なる場所なので、短パン、ミニスカート、タンクトップの人は入り口でチェックされ、入れなくなっている。
右手の入り口から入るとすぐ右手に、ミケランジェロの23歳の傑作「ピエタ像」がアクリル版の後ろにある。この作品は、キリストの亡骸を聖母マリアが抱いており、悲しみをたたえた聖母マリアが非常に美しい。フィレンツェにある「ダビデ像」と共に、ミケランジェロの彫刻の傑作だと個人的には考えている。
ローマの一つの目的であった「ピエタ像」は入念に写真を撮り、後はざっと見て、外に出る。
そこからタクシーで「ローマの休日」で有名な「真実の口」に向かう。
そこはみんな写真を撮るために行列ができていて、10分ほど待つ。
僕は嘘つきではなかったので(^^;;、無事手を噛まれずに済み、そこからまたスペイン広場に向かう。
スペイン広場から西に向かうコンドッティ通りに有名ブランドが並んでいるが、今日は日曜ということで、ほとんどが休み。
歩いてみると一部の店は開いていたが、ほとんど開いてないので諦めて、文学家、芸術家で賑わったと言われるカフェ・グレコに入る。
エスプレッソを頼むが、これが異常に苦く、量も異常に少ない
全部飲めずに、一緒に出てきた水を飲む。
これが約500円くらいなので、かなり高い。
スペイン広場に戻ると、人がごった返している。
ここにいても危険なだけなので、昨日予約を取った日本料理屋へ向かう。
いろんな道を通ってたどり着くが、買い物をしたいと思う店はどこも閉まっている。
歩いている途中にマクドナルドがあったが、普通のマクドナルドと異なり、イタリアの美観を損ねない為か、外観も内装もシックな雰囲気にまとまっている。
そこの日本料理屋は小奇麗でセンスが良く、天ぷら定食を頼んだが、なかなかおいしい
ただ、ズッキーニを天ぷらにしたり、肉じゃがの具にしたりするのは理解できない。
日本円で約2500円くらい。
ちょっと高めだが、これだけの日本料理が食べられるのであれば問題ない。
タクシーを呼んでもらい、直接ホテルに戻る。
とりあえずデプロメールを1錠飲み、結構緊張しているようなので、デパスを1錠飲む。
明日の朝も早いので、眠剤を飲んでさっさと寝る。

10日目(2000/7/10)
今日はローマからフィレンツェへの移動日。
早朝に起きて、スーツケースに荷物を詰めこみ出発の準備をする。
朝食を食べ、デプロメールを1錠飲み、9時には出発する。
今日の行程は、フィレンツェに行く途中のシエナ、サン・ジミニャーノという中世のままの小さな都市へバスで向かう。
イタリアの郊外の交差点は信号が無く、ロータリーになっていて、ぐるぐる回ってばかりいるような感じがする。
車は都市に駐車場が非常に少なく、路上駐車となるために小さい車が好まれるようで、フィアットが主流。アルファロメオ、ランチャも多い。日本車では日産のマーチが人気があるようで、数年前にイタリアのカーオブザイヤーにも選ばれたそうである。
シエナ、サン・ジミニャーノにはあまり興味がないので、適当に流す。
昼食は2つの街に行った後に、ホテルのレストランで食べる。
トマトソースのペンネ、クリームソースのフィットチーネ(中にほうれん草を詰めた、正方形で薄いパスタ)、牛肉のレア風のものとポテト、デザートにアイスクリームで、特にクリームソースのフィットチーネはおいしかった
トイレの水の流し方がさまざまで、ちょっととまどう。
また、食事したり、トイレに行ったりする場合にチップが必要となるが、すぐ忘れたり、どれくらい必要なのか困る
夕方にやっとフィレンツェに到着。
ホテルは去年のモスクワのホテルの同一系列のソフィテルホテルで、雰囲気は良く、部屋も非常に広くて使いやすい
まだ店が開いている時間だったので、街を歩いてみる。
試しにグッチに入ってみたが、人がごった返していて、日本人が多い
夕食前になると夕立が降り始めたので、急いでホテルに帰る。
ホテルでの夕食は、数種類の野菜を焼いたようなもの、野菜のスープ、すずきを焼いたもの、プリンだったが、どれもいまいち
夕食後、インターネットにつなげようと試みるも、うまくつながらない
フロントに聞いてみたところ、部屋からはつながらない、とのことなので諦める。
デプロメールを1錠飲み、眠剤を飲んで、寝る。

11日目(2000/7/11)
朝は8時くらいに起床。
昨日の夜中から雨が降っていたようで、朝も降り続いている。
朝食はいつものバイキングで、適当に食べた後、デプロメールを1錠飲む。
今日は雨の中の観光か、と思っていたら、出発する時間には雨も止み、晴れ間もでてきた。
しかし、風が強く、時折突風が吹き荒れる。
まずは街の中心にあるドゥオモに向かう。ドゥオモには既に行列ができていたが、待っているとスムーズに入ることができた。
ドゥオモから外に出ると、青空が広がり、地中海特有の強い日差しになり、暑くなる。
次にウフィッツィ美術館に向かう。予約が取れていたので、スムーズに入ることができる
ここでも見所は、ボッティチェリの「ビーナスの誕生」、「春」、レオナルド・ダ・ビンチやミケランジェロやラファエロなどの有名な作品がずらりと並んでいるが、時間があまりなく、写真を撮るのが精一杯で、じっくりと見る時間がないのが残念だった。
その後、TAX FREEの店に行く。イタリアは日本に比べてブランド物が1/2〜1/3くらいの値段で非常に安く、おみやげに結構買いこむ。
それが終わった時には2時近くになっていたので、ガイドさんに教えてもらったパスタ屋へ行く。
ラビオリを頼んでみたが、パスタの中に多分ほうれん草とチーズが入っていたが、チーズがちょっと入りすぎていて、僕には濃すぎる味だった
その後、ミケランジェロの「ダビデ像」で有名なアカデミア美術館に向かう。
ここはやはり人気があり、かなりの行列ができている。
ガイドさんは、行列ができていても回転が早いので30分ほど待っていれば入れる、と言っていたが、実際にはなかなか行列は進まず、1時間待たされる
この美術館の見所はただ一つ、「ダビデ像」だけだったが、これを見るだけでも1時間待った甲斐はあるほど、すばらしい作品だった
その後、ミケランジェロとダンテが眠るサンタ・クローチェ教会に向かう。
ここを見終わるともう6:30で、多分どの美術館も開いていないので、ホテルも戻ることにする。
その途中、フィレンツェのTシャツや、中田などのサッカー選手のユニホームを露天商で買う。1枚、600円〜1000円くらい。また、有名ブティックを覗いてみると日本人が多く、その中でもなぜかグッチは非常に多かった。
夕食はツアーで予約してある、ホテルの近くのレストランへ。
まずはラザニア、次にフィレンツェ風 牛肉の炭火焼+ポテト、デザートにティラミスだったが、ボリュームがあり、大味で、牛肉の炭火焼は全部食べきれない。
イタリア人はみんな陽気で、鬱の人間なんて存在しないのではないか、と思わせるくらいであるが、特にこのレストランのウェイターは楽しそうに仕事をしていて、非常に羨ましい
今日、振り返って思ったのは、ガイドさんが「日本は木の文化だが、イタリアというのは石の文化である」ということ。
それを痛感したのは、フィレンツェのドゥオモは約200年にもわたり、遠くはトルコやエジプトから石を運んで作ったものであり、その壁は9メートルもあるとのこと。その石の量、人間の意志に驚かされた。
また、日本の仏像などはだいたい木を彫って作ったものだが、イタリアではだいだい大理石を彫って作ったものである。
それ以外には、道はほとんど石畳で、歩いていると足首や足の付け根が痛くなってきた。
夕食後ホテルに戻り、フロントに聞いたところ、フロントからはインターネットに接続できる、とのことなので、フロントに行く。
PCが置いてある部屋に案内され、そこからつなげてみる。
ここからは接続することができ、仕事のメールとHP関連のメール・掲示板を見る。
仕事のメールでヘビーな内容のものが一つあり、重〜い気分になる。会社のメールをチェックした自分がバカだった...。
その気分を引きずって部屋に戻る。
気分が重いまま、部屋に戻り、デプロメールを1錠飲む。
明日の出発の準備をして、眠剤を飲んで結構遅くに寝る。

12日目(2000/7/12)
今日はベニスへの出発の日なので、早朝に起きて荷物をまとめる。
ホテル定番のバイキングで朝食を食べ、デプロメールを1錠飲む。
8:30頃にフィレンツェに別れを告げ、ベニスに向かう。
バスの車窓からはのどかな田園風景が続き、その風景を見ているうちに寝てしまう。
途中、観光でラベンナという古い町に立ち寄り、また教会などを見て、昼食を食べる。
昼食は、3種類のパスタ、4種類の肉料理、デザートにティラミスで、それぞれおいしかった
午後はベニスに着くまで、また寝ている。
ベニスには17時頃に到着。
ホテルのある場所はベニスではなく、リド島という島で、ベニスからは水上タクシーで約20分くらいのところだった。
ホテルはウエスティン系列のエスセルシオールホテルで、中世の城のような外観のホテルはさすが5つ星という感じである
部屋はあまり広くなく、それが残念だが、それ以外は非常に良い。
夜、夕食を食べに外に出掛ける。19時くらいだったが、まだまだ全然明るい。
ゆっくりした時間が流れていて、アドリア海と青空は開放感に溢れ、どの家も小奇麗にガーデニングされていて、非常に雰囲気が良い
とりあえず島の唯一のメインストリートを歩いてみる。島の大きさ同様にこじんまりしている。
それから、ガイドさんに教えてもらった現地の人しか行かない、という店に行く。
もらった地図が悪いのか、全然見つからない。
仕方ないので現地のおばさんに道を尋ねる。そのおばさんは非常に親切で、丁寧に教えてくれる。
そのおばさんのお陰でなんとかその店で辿り着くことができる。
その店は本当に現地の人にか行かないような雰囲気で、ちょっと違和感を感じながらも現地の雰囲気を楽しむ
魚がおいしい、とウエイターは言うが、この前食べた時はやはり物足りなさを感じたのでそれは止めて、それ以外ではシーフードのスパゲッティがおすすめだ、というのでそれを頼むことにする。
その後またそのウエイターが来て、魚、魚、というので、仕方なく頼むことにする。
スパゲッティはトマトソースで、個人的にはトマトソースのすっぱい感じが嫌いなのだが、ここのやつはそのすっぱさがなく、非常においしい
魚はまあ悪くはないのだが、やはり日本人には物足りない
その後、この島のカジノがあるというので、早速行ってみる。
まず入り口でパスポートを提示し、無料に中に入ることができる。
あまり大きくはなく、人もまばら
スロットマシーン、ルーレット、ブラックジャックの3種類のみ。
やろうと思っていたブラックジャックはだれもやっていない。
まずはスロットマシーンをやってみるが、やはり出ない。
仕方がないので、ブラックジャックの席に1人座ると、徐々に人が集まり、4・5人の卓ができる。
最初は負け続け、途中から盛り返し、一時は勝っていたが、また負け始め、結局ちゃらになったところで止める。
都合1時間程度、楽しむ
ホテルに戻り、途中のスーパーで買ったポテトチップを食べ、デプロメールを1錠飲み、眠剤を飲み、寝る。

13日目(2000/7/13)
昨日の夜は遅く、朝起きる時間は早かったので非常に辛い
ベニスの今日の朝は涼しく、風は割と冷たい。
リド島を9:30に出発し、ベニスには10:00頃に到着。
まずはベニスの中心地であるサン・マルコ広場でベニスの概要を現地のイタリア人のガイドさんからある。
最初は昔、大統領府、議会があったドゥカーレ宮殿に向かう。
ここは現在美術館となっており、ティツィアーノ、ティントレットの作品がならんでいる。
特に、ティントレットの「天国」という作品は世界一大きい油絵で、壁一面に天国と地獄の様子が描かれている様子は壮大である。
また、甲冑や剣、貞操帯なんてのも展示してある。
次に、ドゥカーレ宮殿と運河をはさんで牢獄をつないでいる「ためいき橋」を渡る。
ここは、囚人がドゥカーレ宮殿から牢獄に入れられる時にこの橋を渡り、橋からベニスの風景を見てためいきをついた、と言われている橋である。
牢獄を一通り見て回り、今度はベネチアン グラス屋へ行く。
入り口ではベネチアン グラスの作成実演が行われており、それを一通り見た後、ベネチアン グラスの店内へ案内される。
ここは日本にも支店があり、信頼が置けるようなので、赤と青の色鮮やかなグラスを買う。
ちなみに、赤は金を使って色を出していて、他の色よりも高い。
とりあえずここまでがツアーの観光で、11時くらいに終わる。
その後はフリータイムで、ベニスの狭い、入り組んだ路地に所狭しと並ぶ、こまごまとした商店街を歩く。
宝飾店、ブランドショップ、ベニス名物の仮面などを売っているみやげ物屋、Tシャツなどを売る露天、革製品屋などなど、ここは見て歩いているだけでも楽しい
昼はガイドさんに教えてもらった、日本語のメニューが置いてある店に行く。
入ってみると中はお客さんはほとんどおらず、メニューを見てここは高級店であることを知る。
どうも風邪をひいたようで、鼻水が止まらないので、まずはスープを飲み、体を温める。
次にイカ墨のリゾットを食べる。米はアルデンテで、ちょっと芯があり、味はなかなかいける
最後に子牛の肉のグリルが出てくる。この時点でかなりお腹がいっぱいで頼んだことをちょっと後悔したが、食べてみると肉が非常に柔らかく、全部たいらげる
最後にカプチーノを頼み、ゆっくり過ごしてそこを出る。
またサン・マルコ広場に戻ると、人がごった返していて、アメリカ人なのか階段に座ってマクドナルドのハンバーガーを食べていて、ごみの袋がごみ箱に入らないくらい溢れている。
その後、サン・マルコ広場にある鐘楼に登るために並ぶ。エレベーターに乗るまでに30分ほど待たされる。
上に登っているとベニスの街とアドリア海が一望でき、非常に天気も良いので眺めは最高だったが、風が強く、体調の悪い僕にはちょっと辛い
適当に写真を撮り、10分ほどで下に降りる。
どんどんと体調は悪くなる一方で、風邪薬を飲み、観光は早めに切り上げホテルに戻る。
ホテルに戻り、夕食まで爆睡。
2時間ほど寝て、起きてみると鼻水もかなり収まり、体調も幾分回復
そういえば、朝バタバタしていてデプロメールを飲むのを忘れていたので、1錠飲む。また、ちょっと不安も感じるのでデパスを1錠飲んでおく。
夕食はそのホテルのテラスで、ツナのスパゲッティ、魚介類の揚げ物、デザート、コーヒーだった。
最高級のホテルのディナーにしてはちょっとイマイチ
その後、みなさんに誘われ、BARに出掛ける。
全員の自己紹介から始まり、いろいろな話をして、12時過ぎに部屋に戻る。
とにかく疲れていたので、シャワーを浴びて、眠剤を飲んで、さっさと寝る。

14日目(2000/7/14)
今日の出発は遅めなので、ゆっくりと寝る。
リド島ののんびりした雰囲気の中でのんびり朝食を食べ、デプロメールを1錠飲む。
ホテルの周りを散策し、ベニスの最後の時間を満喫する
昼頃にベニスを後にする。
ベニスからミラノまでは、イタリアの高速道路である「アウトストラーダ デル ソル(太陽の高速道路)」を使用して移動する。
イタリアの高速道路の料金所では、「TELEPASS」という自動料金システムがあり、既に登録済みの車は待ち時間も無くスムーズに通過することができる。(通常の料金所もある)
ドイツのアウトバーンとは違い、速度規制はかなり厳しいらしく、違反した時の罰金はかなり高いらしい。
バスの中では爆睡。
途中、「ロミオとジュリエット」の舞台となったベローナの町に立ち寄る。
まず、ジュリエットの像と一緒に写真を撮り、ローマのコロッセオよりも大きく古い、古代ローマ最大の円形劇場、アレーナに向かう。
このアレーナはコロッセオと違い現在でも使用されており、今日は「アイーダ」というオペラが上演されるということで、混雑している。
1時間ほどの観光を終え、ミラノに向かう。
バスの中でのガイドさんの説明で、イタリアでは米が栽培されているが、日本の米と違う種類のものであり、イタリア人は米を野菜感覚で食べるとのこと。しかし嘘のような本当の話で、最近ではコシヒカリと掛け合わせた「イタヒカリ」や、あきたこまちと掛け合わせた「イタコマチ」という種類が作られているそうである。
夕方にミラノに到着。1週間前はかなり暑かったそうであるが、今日はちょっと肌寒い感じ。
とりあえずチェックインし、夕食を食べる。
夕食は、まずトマトソースのペンネ。メインが肉とポテト。デザートにレモン風味のシャーベット。味はまあまあ。
その後、ツアーのみんなに誘われBARに飲みに行く。
10人くらいの大勢でテーブルを無理矢理、円卓にし、通行人は変な目で見ている。
楽しく会話をして、しかし遅くなってくると風が冷たくなり、結構寒いので11時頃に切り上げる。
シャワーを浴び、デプロメールを1錠飲み、眠剤を飲み、就寝。

15日目(2000/7/15)
今日はツアーの観光をキャンセルし、予め予約していたレオナルド・ダ・ビンチの傑作「最後の晩餐」を見に行くことにする。
予約の時間が11時だったので、割と遅めに起きる。
朝食を食べ、デプロメールを1錠飲む。頭痛がしそうな気配を感じるので頭痛薬を飲む。
昨日からできている口内炎が悪化して痛いので、ビタミンを飲んでいる。
ミラノまで来ると朝はかなり肌寒いのでちょっと厚着をする。
10時頃にホテルを出発する。道に迷うのが恐いので、タクシーで向かう。約10分ほどで到着。約1000円くらい。
「最後の晩餐」のあるサンタ・マリア・デレ・グラツィエ教会の前にはあまり人がいない。
これは完全予約制で、その日に来てもほとんど入れないためである。
入るのも非常に厳重で、入り口でまず予約番号のチェック。
チケットを買って、入る前にチケットのバーコードのチェック。「最後の晩餐」までの部屋まで3つくらいの扉があり、それは係員が開けることになっている。
チケットを買う時に借りた日本語の解説用のカセットを聞きながら「最後の晩餐」を見る。
この作品は作成後の戦争等による劣化が激しく、20〜30年程の修復作業を行っていたが、2000年である今年に修復が完了し、その美しい絵画を壁一面に観ることができる。
解説によると、この作品はレオナルド・ダ・ビンチのあらゆる研究の集大成であり、まず遠近法を駆使しており、また水の波紋のように音も波紋のように広がるのではないか、という推測のものと、円形の広がりを持ち、「汝の一人、我売らん」とキリストが言った時の12人の使徒の驚きと困惑の表情、諦めにも達観にも似た表情をしているキリストの姿が特徴的である。
キリストを中心として、左右に12人の使徒が並んでおり、その表情もそれぞれで、キリストのそばにいる使徒はキリストの発した言葉が直接的に伝わり動揺を隠せない表情をしており、離れている使徒はその言葉が伝わらないのか、両手を挙げ理解できない、という姿をしている。
その中で、絵に向かってキリストの左3番目にいる、キリストを密告することになるユダは一人黒い顔をしており、全く動揺しておらず、一人違う方向を向いている。
また、中央のキリストは肩を落とし、両手を下に広げている。
元々、この部屋は教会の食事の部屋であり、キリストの真下が扉になっていたが、その扉が拡大されてしまった為、キリストの足の姿を見ることはできないが、このキリストは十字架に掛けられることを暗示しているのではないか、と言われ、もしこの足の姿が見ることができれば、足はだらりと垂れ下がっていたのではないだろうか、と考えられている、とのことである。
このような、古今東西随一の天才、レオナルド・ダ・ビンチの集大成であり最高傑作を見ることができたのは非常に幸運であり、印象的であった
しかし見ることができたのは正味20分ほどで、あっという間に終わってしまう。
後で聞いたことであるが、現地のガイドさんにツアーの人が聞いたところ、予約が取れるのは非常に難しく、驚いていたそうである。
その後、タクシーで街の中心にあるドゥオモへ。
到着したのは昼くらいであったが、もう日差しが強くなっていて、だんだんと暑くなってくる。
まずはモンテ・ナポレオーネ通りという、最高級のブランドショップが並ぶ通りに向かう。
PRADA、GUCCI、FERAGAMO、FENDI、HERMES、GIORGIO ARMANI、VERSACE、等々、女性が喜びそうな店が並んでいる。
特に、PRADA、GUCCIは日本人で溢れかえっている。
その後、モンテ・ナポレオーネ通りと平行にあるスピーガ通りという、ここもモンテ・ナポレオーネ通りと並んでブランドショップが並ぶ通りを歩く。
通常、イタリアの店はレストランを除いて12:00〜15:00までは休みでガイドにもそう書いてあったが、この通りの店はこの時間でもほとんどが開いていた。
これらの通りには高級時計屋もいくつかあり、今回の旅の目的の一つであった時計を探す。
しかし、僕の探す時計はどの店でも売り切れで買うことができない
仕方ないのでまたドゥオモに戻り、ドゥオモの周りにある時計屋をいくつか回る。
しかしどこにもなく、ある時計屋では「impossible to get」、ある時計屋では「1 peace 2 months」と言われ、この時計は諦めることにする。
ドゥオモ近くにある時計屋に入り、第2希望の時計を探すことにする。
いくつか見せてもらった時計の中に、なかなかイカす時計があり、ディスカウントもちょっとしてくれて、日本で買うよりも安そうなので買うことにする
時計屋のおばさんとお互い不完全な英語で話をしていたが、その中でイタリアの店は通常、日曜と月曜がお休みで、かつ8月は夏休みでレストラン以外はほとんどの店がお休みなのだそうだ。ちなみに、その時計屋は7/29〜9/3まで休みだそうである。
イタリアへの旅行を計画されている方がいらっしゃったら、この点には十分気をつけて下さい。
時計を買い終わったのがもう夕方だったので、ドゥオモの近くのレストランに入り、ラビオリのスープとミラノ風カツレツを食べる。
スープを塩辛く、イマイチ。でもミラノ風カツレツはカリッと揚がっていてなかなかおいしい
ホテルに戻り、デプロメールを1錠飲む。
明日は出発で早めに起きなければならないので、眠剤を飲んで早めに寝る。

16日目(2000/7/16)
今日はパリへの出発の日なので、早めに起きて朝食を食べる。
頭痛がしそうな気配を感じるので、頭痛薬を飲む。そしてデプロメールを1錠飲む。また、重い気分を感じるのでデパスを1錠飲む。
荷物の準備をし、チェックアウトをし、ホテルを11時に出る。
ミラノの空港に12時頃に到着。
ハンバーガー屋で昼食を軽く済ませ、出発を待つ。
予定では15:30に出発だったが、出発が遅れる
結局1時間待たされ、16:30にイタリアに別れを告げる。
ミラノ−パリ間は1時間のフライトで、しかしその中で軽い機内食が出る。
17:30頃にパリ シャルル・ド・ゴール空港に到着。
空港を出てみると、やはりイタリアよりも涼しく、風が吹くと肌寒い
それからホテルに直行し、18:30頃に到着。
ホテルはニッコーホテル(日本航空のホテル)で、外観は鳥居をイメージしたという赤を基調としたものでお世辞にもセンスがいいとは言えない
中に入るとまず目に入るのが多分本物の鎧兜だったが、直球すぎて頂けない。
ただ、日本人スタッフも少数ながらいるので安心はできる
バスの中でガイドさんが、フランスのホテルはどこも狭い、と言っていたが、ご多分に漏れず狭かった。日本のビジネスホテル風だろうか。
今日の夜は、フレンチ・カンカンで有名なムーラン・ルージュのオプショナル・ツアーに行くことにしていたので、大急ぎで準備し、出発。
ショーは9時からスタート。客席は満席だった。客は、欧米人が多いが、日本人や中国系の人も多かった。
幕が上がり、最初からいきなりトップレスのダンス。
中国の雑技団のような、男性によるアクロバティックなショー。
アラビア風、インド風などのさまざまな趣向のトップレスショー。
観客を巻き込んだ、おとぼけ風のコント。
ミュージカル風の歌謡ショー。
そして、フランスの国旗の色をモチーフとした衣装のフレンチ・カンカン。
最後に、全員によるきらびやかな衣装によるダンス。
1時間45分程度の非常に見ごたえのある、かといっていやらしさはなく非常に美しいショーだった
しかし、意外にも一番盛り上がったのは雑技団のようなショーで、コントも各国の人々全員が大笑いしていた。
ショーが終わり劇場を出てみると、既に2回目のショーを待っている人が大勢並んでいる。
外に出てみるとぱらぱら雨が降っており、ちょっと寒い
女性は全員スラッとしていて非常にスタイルが良かったが、終わった後のガイドさんの説明では、女性の平均身長は173cmと極端に大きいわけではないようだ。
ちなみに、平均年齢は23歳、出身国はフランス人は意外に少なく、北欧やアメリカの女性が多いそうである。
ホテルに戻り、夜はちゃんとした食事をしていなかったので、持参した非常食の日本食を食べ、デプロメールを1錠飲む。
なんだかんだしているうちに寝るのが遅くなってしまい、眠剤を飲んで布団に入ったのは3時頃であった。

17日目(2000/7/17)
早めに起きて、いつものようにバイキングで朝食を食べ、デプロメールを1錠飲む。
観光バスにて9時にホテルを出発する。
バスの中から観光地を眺め、説明があったが、説明される場所が非常に多く、よく分からない。
昼食は三越の隣にある中華屋で定食を大急ぎで食べ、午後はルーブル美術館に行く。
ピラミッドをモチーフにした入口から普通にルーブル美術館に入ろうとすると、並ばなければならなくなってしまうことが多いらしいが、旅行会社が予約してくれていたので、地下からすんなり入ることができる。
ルーブル美術館は非常に広大で、しかも見所も多く、有名な作品には人だかりができていて、一通り見ただけで疲れてしまう。
とりあえず、ミロのビーナス、モナリザは押えたが、じっくりと見る余裕などなく、とりあえず写真を撮り、後でルーブル美術館の解説本とDVD-ROMを買う。
旅行終盤の疲れた体に、この人の多さと広さは堪え、一通り見た後は自由時間となったが、もう一度見て回る気にはならなかった。もったいないことではあるが...。
街や観光地を歩いていてちょっと気になったのは、イタリアに比べて黒人の割合が非常に多い気がする。アフリカ大陸に近いせいだろうか、歴史的な関係なのか?
夕方に一旦ホテルに戻り、一息つく。
今日の夕食は、ツアーに付いていたミールクーポンというので、パリの一流レストラン 10店ほどの中から一つを選んで、フルコースが食べることができる、というので、ガイドさんは難しいだろうと言っていたがあの最高級ホテル リッツの予約をお願いすると、幸運にも予約を取ることができた
正装をするように、とガイドさんに念を押されていたので、早めにホテルに戻り、スーツに着替え、タクシーで向かう。
タクシーから降りる時に、ドアボーイがドアを開けた場合にはチップを渡すように、とガイドさんに言われていて、非常に緊張する
案の定ドアボーイがドアを開ける。
どういうタイミングで渡せばいいのか分からないが、雰囲気で下から手を出し、こっそり渡すような感じで、ドアボーイの顔を見ながら渡す。
ドアボーイの方がその辺は心得ているので、笑顔で自然に受取り、「Thank you ,Sir」と言われ、無事終わりほっと一息
早めに着いたので、ホテルの中に入り、中を見て回る。
何から何まで豪勢の尽きる。廊下の両側には、超一流のブランドの商品がずらーっと並べられていて、各所に設けられたクッションは見た目は異常に盛り上がっているが、座ってみるとふかふかで、心地良い。トイレの蛇口は金色の鳥の形をしていたりもする。
ダイアナ妃が最後の食事をしたと言われる、エスパドンというレストランでフランス料理を堪能する。
料金はミールクーポンに含まれているので基本的にはお金は必要無いが、飲み物代は別。最初に飲み物はいかがですが、と聞かれたので、何も飲まないので格好悪いので、シャンペンを頼む。
シャンペンのメニューをもらったがどれがいいかさっぱり分からないので、お勧めを聞いてそのまま注文したが、900フランで日本円に換算すると15000円もする代物だった。
開店直後に入ったので、最初は誰もいない。その中でハープが演奏がなされ、非常に緊張する。
そのうち、アメリカ人と思われる家族、フランス人男性 1人、フランス人の家族、華僑系の男女、と客層はさまざま。
このコースは基本的にメニューが決まっていて、スープ、前菜、メイン、デザート、といった感じ。
フランス料理などあまり食べなれないので最初は緊張したが、日本語を話すウェイターもいて言葉もそれほど心配する必要がなく、ナイフとフォークも皿が替わる毎に替えられるのでいちいち考える必要もない。
印象に残ったのは、パンが非常に柔らかくておいしかったのと、フィレステーキが柔らかく、とろけるようであった
ガイドさんからは、ミールクーポンの中にサービス料も含まれているが、チップを出すのがマナーで、50フラン(高い!!)くらい出すように、と何度も言われていたのに、もうホテルに帰ってくつろぎたい気持ちが先立って、チップを置いてくるのを忘れたのが、唯一の汚点だった
しかし、日本語でも書かれたメニューはしっかりもらって帰る。
結局、ディナーに2時間くらいかけていた。
帰りもタクシーで帰る。その途中にエッフェル塔のそばを通るので、ちょっと立ち寄ってもらうことにする。
その時間がちょうど22時くらいだった。エッフェル塔は現在、ライトアップされ、毎時0分〜10分まできらきらと光る。ちょうどそのタイミングに間に合い、写真を撮る。
折角なので、エッフェル塔に登ることにする。
東京タワーと違って、エッフェル塔のエレベーターは建物が地面に接地している4ヶ所から登ることができる。
そのうちの一つから登る。こんな夜中でも非常に混雑している
展望台は上・中・下と3ヶ所あり、中の地点に登る。
しかしかなり疲れていたので、夜景を一通り見て下に降りる。
ホテルに着いたのは0時前後。
デプロメールを1錠飲み、シャワーを浴び、眠剤を飲んでさっさと寝る。

18日目(2000/7/18)
今日はフリーで、15時まで自由だったので、遅めに起きて朝食を食べ、デプロメールを1錠飲む。
今日の夜7時の便で日本に出発するので、荷物をまとめる。
10時頃に出発し、オペラ座界隈へと向う。
午前中はこの付近にある三越や高島屋でおみやげなどを物色する。
買うものはあまりなく、とりあえずこの付近で昼食を食べることにする。
ぶらぶら歩いていると「AKi」という日本料理屋があったので入ることにする。
日本人男性1人が切り盛りしていて、あとはフランス人のようであった。
その日本人男性の丁寧な日本語で案内され、ほっと安心する
3種類のランチ定食があり、焼き魚定食を頼む。
鮭の焼いたものとご飯、みそ汁、おしんこで、味付けも日本風で安心する。
店内は半分が日本人、半分が外国人といった感じだが、となりのフランス人と思われるおねーちゃんは店員に何かを持ってくるように言っている。
何が来るのだろうと思っていると、コーヒー用に使われる砂糖5gを3袋をもらい、それを次から次へと水の中に突っ込み、砂糖が全然溶けていないのも構わず一気にそれを飲んでいた。
そのおねーちゃんは更に砂糖2袋をもらい、また砂糖水を飲んでいた。この光景には唖然とさせられた。
午後はシャンゼリゼ通りへと向う。
まずは凱旋門近くにあるルイ・ヴィトンの本店を覗いて見る。
昨日の朝、バスで近くを通った際に見た時には、開店前から20人ほど人が並んでいたが、その理由が分かるくらい人がごった返しており、店員の受付は予約制のようで、予約リストには何人も並んでいた。
それからシャンゼリゼ通りを凱旋門と反対側方向に向う。
今日は非常に天気が良く、長袖のシャツを着ていた僕は汗が滲み出てきた。
シャンゼリゼ通りを右に曲がり、モンテーニュ通りという、高級ブランドショップの並ぶ通りを歩き、たまに店に入ってたりするが、別に買いたいものはないので、すぐに出てくる。
その突き当たりに、「ダイアナ妃の涙」と呼ばれる炎をモチーフとした思われる彫刻があり、この彫刻があるトンネルでダイアナ妃がなくなったので、このように呼ばれるようになり、多くの花が添えられていた。
フリーの時間も少なくなり、またシャンゼリゼ通りに戻る。
パリには、日本のように流しのタクシーというのは基本的になく、タクシー乗り場でタクシーを捕まえるしかないが、タクシー乗り場で待っていてもなかなか来ない。
ホテルでの集合時間が迫るがタクシーは全然来ず、じりじりする
集合時間ぎりぎりに間に合うくらいにタクシーがやっと来て、ほっと一息
15時ちょっと過ぎにホテルに到着し、バスでシャルル・ド・ゴール空港へ向う。
空港ではまず免税の手続きを行うため、税関に向うが、20〜30メートルの列になっている。
ヨーロッパでは、VATと呼ばれる消費税のような税が18%くらい取られていて、免税の手続きを行うことにより13%くらい戻ってくるので、とりあえずその列に並ぶ。
列に並んでいると、どんどんと列は長くなっていく。
30分くらい待っているとやっと自分の番になり、いくつかの購入品を出せと言われ、見せて、やっとはんこを押してもらう。
後は恒例のチェックイン、手荷物検査、出国手続きを行い、空港の中に入る。
搭乗時間まで1時間ほどあるので、手持ちのフランを消化するためにも免税店を見て回る。
あまり欲しいものはないが、ルーブル関連のTシャツなどを買う。
19時頃、搭乗時間になり、帰りの便に乗り込む。
一番後ろの方の席で、周りに余裕の空間があり、割と過ごしやすい
出発後、1時間くらいで夕食となり、和食と洋食があり、和食を頼むが、和食が人気で品切れということで、泣く泣く洋食を食べる
通常、ビジネスクラスにしか付いていない液晶テレビが全席に付いていて、それでテレビゲームをするが、すぐに飽きて、眠剤を飲んで寝ることにする。
デプロメールを飲むのは忘れる。

19日目(2000/7/19)
数時間寝て起きてみると、もう日本時間の午前中。
軽い朝食が配られ、あまり食欲がなく、食べられるものだけ食べる。
デプロメールを飲むのは忘れる。
昼頃に遂に日本に到着。
税関、入国審査、手荷物を受け取り、やっとパスポートが必要がない日本に着いて安心する
とりあえず、空港で日本食を食べ、胃袋を満足させる。
そこから電車等を乗り継ぎ、自宅に着いたのは夕方。
あらゆる疲れと時差ボケなどで心身共に限界
夕食を食べ、デプロメールも飲まず、とにかく寝ることにする。



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