僕の鬱格闘記

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第1章 鬱の黎明

僕の鬱の始まりは中学1年の頃にさかのぼる。
小学校は田舎の素朴な公立小学校だったが、大学の付属中学を受験し偶然にも受かってしまい、自分に対する自尊心というか自意識過剰な心境が芽生えてしまったことが間違いの始まりだった。
その中学校は小学校からエスカレーター式に入学した人と受験をして入学した人がいたが、小学校からそのまま来た人達は既に仲間がいて、僕の小学校から入学したのは圧倒的少数派だった。そんな中で僕はクラスの中心になりたい、という気持ちから自分を前面に押し出さなくてはと思い、自分を主張し始めた。これもまた間違いの一つだった。
自分では主張しているつもりが、周りにとっては"でしゃばりな奴"、"生意気な奴"、"自分勝手な奴"、"威張り散らす奴"という風に映っていたようだった。
またその頃僕はみんなに比べて小さく、童顔だったので余計に生意気に見えたのかもしれない。
クラスのみんなはだんだんと僕を避けるようになり、僕は孤立していった。
そんな空気を敏感に感じ取った僕は、以前とは逆にこびるようにみんなに近寄っていった。しかしもう既に時既に遅し、手遅れだった。

中学1年の2学期の終わりにはもうクラスのだれも、誰一人として僕を相手にする人はいなくなっていた。完全にシカト状態だった。
入学当時の自信に満ちた、輝いていた僕はもうそこにはなかった。そこにいたのは完膚なきまでに打ちのめされた、自信のかけらもない、不安と恐怖におびえる、一人の少年だった。
こんな状態でも登校拒否になることはなかった。それは最後の意地みたいなものだったのだろうか、とにかく休もう、とは思わなかった。
しかし、当然のことながら学校に行っても何も楽しいことはなかった。周りはみんな楽しそうに話しているのに、僕はクラスのだれとも話すことはできなかった。昼休みも一人で昼食を食べて一人で昼休みを過ごす。下校時ももちろん一人。唯一の救いはクラブ活動で、なぜか僕の所属しているクラブはその時のクラスメイトは少なく、僕がシカト状態にあっている、ということを知っているクラブのメンバーはいなかったので、そこでは割合普通に過ごすことができた。

その頃の心理状態は今でも忘れることはできない。今でもたまにこの頃の心境がフラッシュバックすることがある。
始めは"なんでこんなに邪険にされなきゃならいんだ"と憤っていたのが、そのうち自分の置かれた状況を把握し始めると"どうすれば自分の立場を回復することができるんだ"と異常なまでの焦りを感じ始めた。もうそれこそ1日中、毎日毎日"何とかしなきゃ"という焦りを感じていた。しかしそこは"焦りの蟻地獄"のようなところで、もがけばもがくほど深く深く焦りの砂の中に埋もれていった。
もうどうにもならない、手遅れであることを悟ると"もう僕はダメだ"、"毎日が砂を噛むように虚しい"、"いっそ自殺してしまいたい"と思うようになってしまった。
しかし誰にも相談することはできなかった。同じクラスには話せる友達はいない、クラブの仲間には自分の状況を知られたくない、小学校時代の友達とはもう疎遠になってしまった、親になんか相談できない。そして僕は完全に自分の殻に閉じこもってしまい、一人悶々と悩むようになってしまった。

このころからである、僕の鬱が始まったのは。

第3章 鬱の潜伏

晴れて志望高校に入学することができた僕は、何かをやり遂げた充足感と中学の時代とは異なる何か新しい世界が開けるのではないか、というみずみずしい感覚で満たされていた。
しかしそれは中学に入った時と同じで、今にして思えばただの錯覚であった。自分の人間性と容姿がそれほど変わったわけではないのに、周囲の自分の見る目が変わるはずもなかった
いや、実は徐々にではあるが中学の頃に比べれば性格は変わっていったと思う。理想はでしゃばりな部分を押さえ込み、陽気で人を笑わせる話題が豊富な人間になりたかったのだが、そう急になれるものではない。このころはとりあえずでしゃばりな部分を押さえ込み、嫌われるのを異常なほど恐れて当たり障りのないことしか言えない地味な性格になっていった。
この頃の僕はどうすれば人と親しい関係になれるのか、何を話して良くて何を話していけないのか、もうさっぱりわからないし、自分に対してほんの少しの自信も持つことができなくなっていた。

高校生ともなるとみんな少し大人になり、中学の頃ほどは人間関係に敏感でなくなった分、故意のいじめや無視、嫌がらせなんかは無くなったが、逆に無意識の無視は多くなっていった。
次第に、クラスの中にイケているグループとイケてない地味なグループの完全に2層構造になっていった。
しかしながら僕はまた失敗をし、イケているグループに入る素質がないにもかかわらずイケているグループ志望により、イケているグループの周辺でいつも愛想笑いをしていた。
イケているグループの中心にいる人達はわざと僕のことを無視しているわけではないようだが、地味な存在の僕のことは眼中にないようで彼らの中だけで話題は形成され、物事は進んでいた。
僕がその輪の中に入れるのは、彼らの気まぐれで僕自身のことが話題になったり、僕に話が振られた時のみで、それ以外は話題に入れずただ笑っていた。
しかし次第にそれもいたたまれなくなり、自分が必要とされていないことをひしひしと感じ、次第に自分から身を引いていく。
まあそれでも数人の話しをする友人もいたが、とても親友と呼べるような関係ではなく、お互い地味なものは地味な者同士、肩を寄せ合うような関係だった。
実は、このような高校での人間関係が後々僕の人生の方向性を決定付ける一つの要因となったのであるが、これについてはまた述べることにする。

中学の頃は卓球部で自分なりにがんばっていたのだが、その時代の風潮として「卓球は暗い」という、やっている者としてはうしろめたい感情が芽生えていた。で、高校に入ってからは拒否反応を示してしまい、卓球部には入らなかった。かといってそれほど体力も運動神経もない自分にそれ以外のスポーツを勉強と両立して3年間も続けるのは無理と判断し、帰宅部となった。
この高校は地元では進学校で、勉強を詰め込む校風だったので、部活をやっていない僕は勉強を詰め込む方向に押しやられていった。
このような環境の中で、友達はいない、女の子には全然もてない、勉強は受験対策の意味のない内容のものばかり、部活もやっていない、という中での毎日は本当に砂を噛むようなもので、充実した青春などとはほど遠い、無気力な毎日を送っていた。
このころのタイムスケジュールを思い出してみた。

7:00 起床
8:00 朝の課外授業(ほとんど寝ている)
9:00 通常の授業(かなり寝ている or 内職)
12:00 昼食(一人で食べ、一人で昼休みをすごす)
13:00 通常の授業(かなり寝ている or 内職)
16:00 授業終了
この後は忘れてしまった。
19:00 夕食・テレビを見る。
20:00 ラジオを聞きながら勉強
24:00 就寝



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