僕とPROZACとの出会い

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僕とPROZACとの出会いは、1996/12/16に放映されたNHKスペシャル「脳内薬品が心を操る」にまでさかのぼる。その時の衝撃は今でも忘れられない。全てがアメリカでの現状レポートだったが、「アメリカではこんなに進んでいるのか」と愕然とした。
その放送を僕は途中から見始めた。新聞のテレビ欄を見た時、「脳内薬品が心を操れるわけがないじゃん、そんなんできたら僕のうつの苦しみなんて簡単に治ってしまうじゃん」とバカにしていたのでまあいいか、と思っていたが結局途中から見た。
僕の記憶では、見始めてすぐはリタリンの話しをやっていたと思う。この薬についてはあまり詳しい説明はなかったが、集中できない子供、じっとしていられない子供に対して投与されていて、その投与については細心の注意が払われているとのことだった。(この時はなぜこんな説明をしているのか、薬の詳しい説明がないのか不思議だったが、今になって思えばリタリンというのは現在薬として処方できる唯一の覚醒剤なのだ、ということが分かったので納得できた)
その後PROZACのレポートがあった。PROZACはSSRIという新世代の抗鬱剤の1つで、PROZACがうつに効く仕組みが説明されていた。
その後実際の服用者のレポートがあった。PROZACの両面を伝えよう、というNHKの主旨だと思うが、PROZACが人生が一変した男性と以前はPROZACを服用していたが止めてしまった女性の2人を追ったものだった。

一人目の男性の体験談は、ありきたりな形容詞だが本当に衝撃的で、僕もPROZACを欲しい、絶対になんとしてでも欲しいと思わせるものだった。
彼は見た目は40歳くらいで確か離婚していて、前妻との間に一人娘がいたと思う。彼は確か大工だったと思うが、恐ろしくシャイなのでPROZACを飲むまでは仕事もうまく行かないし、日常生活でも支障をきたすくらい引込み思案で無口だったようだ。また、子供に対してもどう接したらいいか分からないようで、子供に対してさえもほとんど口を利かなかったようで、妻とも会話がないのが原因で別れたようだった。(妻と別れた原因はちょっと自信がない)
しかしPROZACを飲み始めて性格が一変し、生活も一変した。仕事の同僚とも気軽に話せるようになり、日常生活も普通にこなせるようになった。また離婚後もたまに娘と会っているようだが、PROZACを飲むまでは気詰まりだった子供との関係も仲のいい親子のようになり、子供も「パパは明るくなって、話しやすくなった」と言っていた。
そんなある日、彼はふと「薬にばかり頼っててはいけない。自分自身でがんばらなくては」と思い、一時PROZACを止めたそうだが、結局以前のように無口な自分に戻ってしまったのでまたPROZACを再開して飲み続けている、ということだった。
最後に彼への質問で「あなたは副作用があってもPROZACを一生飲み続けますか」という質問にも「何があっても一生飲み続けます」と断言していたのが印象に残った。

二人目の女性は一人目の男性とは対照的にPROZACを止めたのだった。
その理由というのは、PROZACを飲むと明るくなり悩みや不安はどこかに吹き飛んでしまうが、そうなった時の自分はリアリティーのない、自分が自分でない感じがした、というのである。(実際にPROZACを飲んでみるとこの感覚はよ〜く分かる)
それで結局PROZACをやめ、今は趣味の白黒写真の撮影に没頭している、ということであった。

そして最後に僕にとって最高にショックな報告があった。それは、PROZAC,SSRIは日本で発売される予定はなく、厚生省の認可も全く下りていない、ということだった。
ここまで僕を盛り上げておきながら最後に地獄の底に突き落とすなんて、NHKのばかやろ、って感じだったが、なんとしてもPROZACを手に入れてやるぞ、と心に誓った。
この頃はまだ今ほどINTERNETが盛んではなく、頻繁に利用できる環境にはなかったので、どうやって情報を収集すればいいのか、見当もつかなかった。

そして年末、実家に帰省することになりたまたま空港の書店に寄ってみるとある新刊が僕の目に止まった。その本は僕の脳天を叩き割るくらいの衝撃だった。
それは「完全自殺マニュアル」の著者 鶴見済の「人格改造マニュアル」だった。このなかでは、自殺をしないで前向きに生きるための手段についてのあらゆる方法が説明されているが、その中のPROZACの説明もあったのである。この本を手に取って読んでPROZACの記事があった時の僕の心は狂喜乱舞状態だった。その当時は本当にPROZACに関する情報は皆無だったので3,4ページの説明しかなかったが、貪り読んだ。
その記事では著者がPROZACの体験(1capsuleだけ)が書いてあり、そこには1時間で悩みが吹き飛び、2時間で友人に「明るくなった」と言われ、徹夜の仕事も効率よくこなした、なんて載っていた。(本当かどうか知らないけど)
しかしこの時はその他に情報がないので、完全に信じてしまった。特にこの数時間で効いてくる、というところがこれまでの抗鬱剤経験者としてはグッと来るものがあり、副作用が強く飲み始めから副作用はあるくせに、抗鬱作用は1ヶ月くらい飲み続けないと効いてこない、という現状からするとまさに"魔法のクスリ"と思えたのだった。「もうなんとしてでも手に入れる、これで僕の人生を変えるしかないんだ」と決死の覚悟で探していた。

1997年に入りSPA!を読んでいたところ、SMART DRUGの特集をやっていた。そこに今も私が利用しているBIONIC JELLYの田中さん(だったと思う)が載っていた。その記事では、BIONIC JELLYに\1,000分の切手を送るとSMART DRUGの本と取り扱い薬一覧を送ってくれるというのでPROZACを扱っていることを祈って切手を送ってみたのだった。この頃もSMART DRUGというとメラトニンとかDHEAとかあやしいハーバル エクスタシーがメインで、PROZACのことは聞いたことがなかったので、ないかもなー、という諦めが70%くらいあった。(まあ、確かにPROZACはSMART DRUGとは違うけど...)数日後、封書がBIONIC JELLYから届き、本当に祈るような気持ちで取り扱い薬一覧を見てみると、下の方にあるじゃないですか、PROZACが。もう、思わず握りこぶしものだった。長年(も経っていないけど)の夢がこの時実現したのである。

その当時、PROZAC 14capsuleで\12,600だった。(今とあまり変わっていない)結構な値段だがこのうつが治るのなら全然高くないと思い注文した。数日後、1月末のある日(正確な日付は忘れてしまった)遂に、遂に、遂にPROZACが僕の手に入ったのだ。もう、ほんと飛び上がりたい気分だった。
早速1capsule飲んでみる。しかしあまり変わらない。というより全然変わらない。鶴見済のうそつきー、とここまで僕をその気にさせた鶴見済を恨みたい気分だった。でも、NHKスペシャルでも徐々に効いてくるようになっている、と言っていたので我慢して2週間毎日飲んでみる。しかし、通常は効いてくると言われている2週間経っても全然効かないので、ほんとがっかりして飲むのを止めてしまった。その期待があまりに大きかったためにそのショックもめちゃめちゃ大きかった。

ただ、その頃は転職直後だった。1996/11/1に転職して間もない頃で、なかなか新しい会社に馴染めいないのでかなり落ち込んでいた。PROZACが手に入るまでは、精神科に3つ通い、いろいろな抗鬱剤を試したけど、どれも効かない割に副作用がかなりきつかった。でもPROZACは効かなかったけど副作用はないことはなかったけど非常に軽微だったのでその点は良かった。

その後「今度は効くかもしれない」と思い直し、1997/4,1997/10にそれぞれ1ヶ月ほどの長期にわたってPROZACを飲み続けた。この時は、少し体が(脳が?)PROZACに慣れたのか少しだけ効果があった。しかし不安がなくなるとか自信が蘇ってくるというところまでは行かなかったので、結局尻すぼみで止めてしまったのだった。

しかし再度思い直し、現在飲み続けているところである。
詳細はPROZAC服用体験記を見てみて下さい。

BIONIC JELLYからALTRULINE,PAXILという新しいSSRIが購入できるようになったので、今後はこれらの薬も試して体験記として公開していきたいと思ってます。




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