ロシア旅行記

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1999/8/14(土)〜1999/8/21(土)のロシア旅行の模様をレポートします。
なぜロシアなのかというと、鬱が酷かった大学の頃に読んだドストエフスキーという19世紀後半のロシアの作家の小説「罪と罰」に衝撃を受け、常々行ってみたいと思っていたのがロシア(読んだ当時はソビエト連邦)でした。
その念願がようやく叶ったという訳です。
この旅行記で、ロシアの雰囲気が少しでもお分かり頂けたらと思います。
(注:ロシアの通貨はルーブルといいます。大体1ルーブル=5円くらいです。)


8月
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1日目(1999/8/14)
昨日は仕事を早く終わらせて旅行の準備をしようと思っていたが、なかなか仕事が完了せず、結局定時まで仕事をして帰宅し、旅行の準備をする。
意外に準備に時間が掛かり、結局寝たのは23時。
今日の成田での集合時間は9時だったため、4時30分くらい起きて準備して出発。
東京はあいにくの雨模様。
思った通り、成田はかなり混んでいて、入国審査で30分ほども待たされてしまう。お陰で免税店に立ち寄ることさえもできず、飛行機に搭乗する。
飛行機はロシアの国営航空のアエロフロート。結構やばいんじゃないかな、と不安だったが飛行機はジャンボではないもののそこそこの大きさのクラスでちょっと安心
満員ではないものの、日本人観光客で意外に混んでいる。
期待を胸に飛行機は無事離陸。この時既に雨は土砂降りで雲を通過するまではかなり揺れる。
機内の設備やサービスはさすがに国内の航空会社のサービスにはかなうべくもないが、まあこんなもんだろう。スチュワーデスはあまりいなくて、ほとんどが男性のスチュワードだった。
機内放送はロシア語、英語、わかりづらい日本語の3カ国語でなんとか理解できる。
飛び立って2時間ほどで機内食。成田で積んだからか、機内食は結構充実していておいしい
食べ終わった後くらいから妙に機内が冷え込む。暑い東京から急激に寒くなり、急激な温度変化が最も苦手な僕の体は敏感に反応し、鼻水と涙が滝のように流れ出すくしゃみも止まらず、疲れる。
たまたま数年前の鼻炎用の薬を持っていたので、とにかく飲んでみる。1時間ほどで効いてきて鼻水と涙は大分収まるが、セーターを着てブランケットを肩から掛けてやっといい感じになる。
鼻炎用の薬の副作用で眠くなり、仕事の疲れも手伝ってその後は寝て過ごす。
離陸から8時間くらいに2回目の機内食。これもまあまあ。
離陸から10時間くらいでやっとサンクトペテルブルグに到着。日本との時差が5時間あるので、現地の16時くらいに到着
タラップを降りてみると、機内よりも暖かく寒いのが苦手な僕にとっては一安心。天気も良い。今年のロシアは冬が寒かった分、夏は暑かったとのこと。
入国審査が厳しい、と聞いていたのでパソコンは大丈夫だろうか、と心配だったが全然楽勝
それからバスでホテルへ。バスから眺めたサンクトペテルブルグの第一印象は「ほのぼの」といった感じだろうか。東京のように人々はあくせくしていないし、計画都市らしくゆったりとした空間の使い方で、広場があちこちにあり、古き良きヨーロッパ風の建物がいい雰囲気を醸し出している
バスで1時間くらいでホテルに到着。
自分の部屋に着いたときにはもうさすがに疲れもかなりきている
時差の関係で、現地時間ではまだ7時。というのに全然明るく時間の感覚がよく分からない
お腹すいたので、このホテルでおいしいと聞いた韓国料理屋でカルビクッパを食べる。が、それほどおいしくはなく、時差ボケなのか胃が今一つ受け付けない
現地の22:00でもまだまだ明るく、日本の夕方くらい。明日は朝早いので、風呂に入って寝ることにする。

2日目(1999/8/15)
朝早く出発する、ということなので6:30に起きて朝食を食べ、市内観光へ出発。
8月の中旬というのに、もう肌寒く風が冷たい。朝の気温は15℃くらい。天気はくもり。
市内観光では、まずこのサンクトペテルブルグという人工都市を作り上げたピョートル大帝の宮殿、夏庭園にバス&水上バスで向かう。
この宮殿は元々はピョートル大帝が作ったのだが当時は質素なもので、現在の豪華な宮殿に拡張したのは後のエカテリーナ二世という辣腕の女帝がベルサイユ宮殿を真似て作ったそうである。
宮殿までの沿道にはいくつもの噴水があり、宮殿は外見も中身も非常に豪華で当時のロシアの王族の絢爛豪華な生活を偲ばせる。
その後バスでサンクトペテルブルグという市の名前と同名のレストランへ向かう。
そこではロシア名物のボルシチとキエフ風チキンカツレツを食べる。ボルシチは僕はあまり好みではなかったが、キエフ風チキンカツレツはジューシーでおいしかった
昼食後はピョートル大帝が外国の攻撃から守るために作り上げたペトロパブロフスク要塞へ向かう。この要塞は後に刑務所になり、作家のゴーゴリやドストエフスキーも入れられたそうである。
と、主要な観光名所は華やかだが、街全体の雰囲気は大都会にしては華やかさに欠け、なんとなく灰色を基調とした、新宿西口に似た計画都市にありがちな人の暖かみを拒絶するような何かがあるような感じがした。空からは灰色の雲が重たくのしかかり、地面は砂っぽい感じがする、活気や力強さや迫力も今一つ感じられない
ピョートル大帝やエカテリーナ二世はロシアの近代化に異常なほどの労力を注いだように感じられるが、それは明治時代や戦後の日本に酷似していて、近代化という名のヨーロッパの文化を導入すればするほどそれまでの自国の文化を破壊し自分を見失っていく、という逆説の基に成り立っているような感じがした。よく言われることだが、ヨーロッパとアジアに引き裂かれた国、ロシアを実感できた気がするし、それを通してヨーロッパとアジアに引き裂かれた日本をも再認識させられることになった。
サンクトペテルブルグのどこか殺伐とした感じは、引き裂かれた人々の哀しみなのかもしれない。
バスから外を眺めていると、街の中心は確かに混雑しているが、それでもそれほどゴミゴミした感じはなく、渋滞も全くない
夕方にホテルに帰ってきて、近くのスーパーに行ってみる。意外に商品は揃っていて、日本のスーパーとあまり変わらない。肉、野菜、お菓子、日用雑貨、おもちゃ、本、プレステのCD-ROMやファミコンのカセットまでもあった。ジュースに関しては、水、コーラ、スプライト、オレンジジュース、トマトジュースくらいしかなく、日本人は物足りない。
薬屋もあったので、SSRIがないかどうか見てみたが、そこにはさすがに無いようだった。(ロシアの文字はキリル文字といってアルファベットではないので、よく分からないが)
ホテルへの帰り道ににこにこした人の良さそうなおじいさんが一生懸命話し掛けてくるが、ロシア語なのでさっぱり分からず会話が成り立たず。
19:00から夕食を食べる。夕食のメインもカツレツのような感じのものにバターライスが付いていたがこれもおいしかった
その後、ビジネスセンターというところでいつも使っているプロバイダーに国際電話でアクセスしよう試みるが、失敗に終わる
実は、大学の頃単位が取りやすいという理由からだけでロシア語を専攻し、1年間だけ勉強しキリル文字が読めるくらいにはなったが、これが意外にこの旅行で役に立ち、地名や駅の名前や人の名前をロシア語で読むことができ、いろいろな場面で使うことができる。
英語もホテルやレストランやおみやげ屋などの主要な場所では通じるので、会話は英語でなんとかなった。
結構疲れているので早めに寝ることにする。

3日目(1999/8/16)
朝は10:00からツアーの市内観光に行く。
今日は天気も良く、昨日よりも大分暖かい
昼に市内観光は終わり、午後からは自由行動。
食事をして、まずはドストエフスキーが眠るアレクサンドロ・ネフスキー修道院へ地下鉄を使って行く。
地下鉄は市内に4本あり、結構使いでがある。プラットホームに向かうエスカレーターは日本のよりも全然速く、地下もかなり深い。手すりとエスカレーターの階段がスピードが微妙に異なるようで、少しずつ手がずれて行くのが気になるが、そんなことを気にしているのは僕が日本人であるからであろうか。
電車は結構古く、轟音を立てながら走る。車内はそれほど危険な雰囲気はない。
アレクサンドロ・ネフスキー修道院の前でバラを買って、この旅の最大の目的であったドストエフスキーのお墓へ直行。
そこには、苦渋に満ちたような顔をしているドストエフスキーの顔が墓から飛び出している。やはりここでは最も人気があるようで、花が手向けられていて、人通りも多い。
ドストエフスキーのお墓にお参りできて、満足する
この墓地には、ドストエフスキー以外にもチャイコフスキーやムソグルスキーのお墓もあった。
添乗員からは現地通貨のルーブルはあまり使えずドルの方が通用する、と盛んに言っていたが実際お店で見てみるとほとんどのものはルーブルが使用できる
高級品以外の物価は非常に安く、地下鉄が約15円(3ルーブル)、バスが約10円、(2ルーブル)、CDが1枚300円(60ルーブル)ただしバッタもの、家賃(光熱費含む)が約1000円(8ドル)くらいである。ただし、高級ブランド品やパソコンは日本とほとんど変わらず、現地の人にとっては超高級品なのだと思う。
車は、大半はロシアで作られた車だが、ベンツ、BMW、フォルクスワーゲン、オペルなどのドイツ車もかなり走っている。日本車もちらほらであるが走っていて、日本車ではトヨタのランドクルーザーのようなRV車が人気が高い気がした。セダンではプリメーラ(現地ではALMERA)が人気があるようだ。外観がヨーロッパ風だからだろうか。
街を歩きながらいろいろ店に入ったりして散策していると時間がなくなり、夕食は現地のハンバーガーショップのような店に入る。味はまあ普通のハンバーガーだが、店が異常にせわしなく、気分的に落ち着いて食べるどころではない。
夜はバレエを見に行く。ロシアはバレエの本場だけにこれを見逃す手はないだろうということで、本質的にはあまり興味はないが見に行くことにする。
席は結構いいところでよく見えるが、いかんせん内容を何の予備知識もなく見ているので今一つ面白みにかける。演目が「ジゼル」というバレエを知らない人間には身近でないものだったのもかなり痛い。
この演目は2幕ものだったが、1幕目はまだ良かったが、2幕目からかなり眠くなる。しかし実は周りの同じツアーの人達もかなり辛いようで、あくびをしたりしている。
今回初めてバレエ見てみて、バレエというのは、鍛えぬかれた肉体美を表現する芸術なのだろうと感じた。なので、ストーリーはさておき、美しさが最も求められるのだろう。確かにつま先を立てて演じるダンサーはすばらしい。しかし、ふとつま先を立てて演じる肉体と技術にどれほどの意味があるのだろうか、と身も蓋もないことを思ってしまう。
ストーリーを重視する僕にとっては豚に真珠の芸術のようである。かねがね、フィギュアスケートや新体操やシンクロナイズドスイミングといった美しさと技術の高さを表現するスポーツのすばらしさ、面白さを理解できない僕からみると、バレエはこれらとすごく似ているような気がするのであった。
ホテルに戻るとおなかが空いたので、持参していたカップヌードルを食べる。久々の日本食に満足する自分が日本人であることをまたも痛感する。
疲れがピークにに達しているので、風呂に入ってすぐに寝る。

4日目(1999/8/17)
今日は非常に天気が良かったので、暑いくらいであった。また、非常に乾燥していて直射日光も結構きついので、唇や肌が荒れてしまう
朝はエルミタージュ美術館を見学する。人もかなり多く、入館するのにも20〜30分待たされる。
非常に広く点数も多く充実しているが個人的に興味のある作品はそれほど多くなく、全て見終わった頃にはかなり疲れる
その後、ちょっと食事が出来る喫茶店でボルシチとキエフ風チキンカツレツを食べる。メニューがロシア語だったので参ったが、店員が英語が喋れたのでなんとか助かった。ボルシチは具がたくさん入っていてまあまあおいしかったが、メインのチキンは中に独特のにおいのする香草が入っていて、どうも僕はこの香草が嫌いなので香草がないところだけ食べる。また、チキンの添え物としてフライドポテトが付いていたが、これが油ぎっていて全然食べることができない
午後は「罪と罰」の主人公が住んでいたと言われているアパートを探す。時間が限られていてかなり分かりづらい場所にあったので探すのに苦労したが、そのアパートの角の壁に主人公の名前と、ドストエフスキーの銅像・名前が埋め込まれていたのでなんとか探し出すことが出来た
もっといろいろと「罪と罰」のゆかりの地を探索したかったが、あまり時間がなくこれだけ探し当ててホテルに戻る。
ホテルで夕食を食べ、荷造りをしてサンクトペテルブルグを後にする。
22時過ぎの飛行機でモスクワに移動する。この飛行機が30〜40年くらい昔の飛行機ではないかと思うくらい古く、無事モスクワにたどり着けるのか心配になるような飛行機だった。1時間ほどのフライトだったが、それでもお菓子とお茶が出たのには驚いた。
この時点で疲れはピークに達し、飛行機では心配も忘れ眠っていた。
飛行機は無事モスクワに着陸し、ホテルへ直行。ホテルに着いたのは0時を回っていて、なんだかんだで寝ることができたのは2:30くらいであった。
心身ともに疲弊していたので、すぐに寝てしまった。

5日目(1999/8/18)
昨日はかなり遅かったにも関わらず、朝は7:30に起きる。とにかく眠く、体は疲れている
朝食はバイキングで、疲れを振り払うかのようにかなり食べる
その後、バスで市内観光へ。赤の広場やクレムリンを見て回るが、疲れていてあまり身が入っていない
今日は天気も良く、暖かいので過ごしやすい。モスクワの天気は非常に変わりやすいと聞いていたが、その通りで3時くらいから夕立のような雨が降ってくる。ただこの時はバスの中にいたので大丈夫だった。
観光の一つで地下鉄にも乗ってみる。今回は自分でチケットを買ったわけではないので詳しくはよく分からないが、サンクトペテルブルグとはシステムが違うようだ。しかし、エスカレーターが速いのと、手すりとエスカレーターのスピードが若干異なることは同じだった。
モスクワに来て思ったことは、サンクトペテルブルグに比べて暖かみがあり、垢抜けていて都市自体も大きい感じがするということである。
しかし、観光名所に関してはサンクトペテルブルグの方が多く、モスクワはそれほど見所はないような気がする
また、ロシアに来て思うのは、どこにいっても コーヒーが煮詰まったように濃く、苦いということである。しかもミルクはデフォルトで出てこないことも多く、僕はあまり飲むことができない。
バスから外を眺めていると、携帯電話の広告をよく見かけるがそれほど携帯電話を使っている人は見られない。そこかしこで携帯の着信音の鳴る日本と違い、騒がしくなくてこの方が良いが。
夕食はホテルでのディナー。メインはビーフストロガノフ(これはロシアのストロガノフ伯爵にちなんで名付けれたとのこと)でまあまあおいしい。でも日本のとちょっと違い、クリームソースが強い。デザートはパイのケーキだったが、パイ自体が砂糖で出来ているかと思うくらい甘くて、少ししか食べることが出来ない。ロシアの食べ物は味がはっきりしている。甘いか油っこいか苦いか。だからロシアの女性は多くが太っているのだろうか。余談だが、ロシアのあばあちゃんの多くは頬かむりしている。
昨日は寝るのが遅くてあまり寝てないので、夕食後部屋に戻ると疲れ果てて数時間寝てしまう。
一旦起きて、風呂に入って寝ようとする。が、さっき寝たのが響いて眠れないので、この旅初めての眠剤を飲んで寝る。

6日目(1999/8/19)
今日は1日自由行動なので、ちょっと遅めに起きて朝食を食べ、10時にモスクワの中心地に出掛ける。
ホテルはちょっと街の外れにあるので、ホテルのシャトルバスで30分ほどで到着。
モスクワはサンクトペテルブルグに比べ圧倒的に車が多く、結構混んでいる。車が多いためか、非常に空気が悪い。場所によっては独特の異臭がするところもある。
街の中心地は至る所に警察官がいて、割と安心できる。。
まずは国立図書館に行って、最近できたというドストエフスキー像の写真を撮る。
国立図書館に入ろうと試みるが、パスポートと写真が必要らしく、パスポートはホテルのセイフティーボックスに預けてきたので、残念ながら入ることは出来なかった。
街を歩いていて思うのは、サンクトペテルブルグでもモスクワでも自転車がほとんど通っていないのである。どうもロシアでの主要な交通機関は車と地下鉄と路面電車とバスとトロリーバスのようである。
モスクワでは街の至る所にジプシーのような浮浪者が座っていたり、話し掛けてきて恵んでくれと言って来るが、あげているときりがないので無視する。
道すがら、地下鉄の駅前には出店がならんでいて見ていると、パソコンソフトが売っている。どうも違法(?)コピーのバッタ物のようで、なんでも売っている。
Windows2000(?)、Photoshop5.5、Oracle8、SQLServer、Linux、ゲームソフトまで全て75ルーブル(約400円)だった。
またピロシキのようなものも売っていたので4ルーブルで買って食べてみるが、はっきりいってまずかった
次にアルバート通りという、竹下通りのような歩行者天国に行く。
ここでは、マトリョーシカやTシャツなどのおみやげ屋が軒を連ねていて、この通りを通るだけも結構おもしろい
マトリョーシカをいくつか買ってみたが、その精巧さや店によって値段がかなり異なる。物によっては1ドルのものもあるし、20ドルくらいするものもある。
Tシャツも買ってみたが、150ルーブルのものと250ルーブルのものがある。
マトリョーシカはいくつか買ったり、粘れ結構値切ることが出来るが、Tシャツは値段は固定でいくつかっても値段は下げることが出来ないと言われた。
ドルでもルーブルでも買うことができるが、ドルで払ってたまにおつりがルーブルで来ることがある。これにはちょっとがっかりする。
しかし最近ではルーブルも安定しているようで、銀行のレートの表示を見てみてもそれほど大きな変化はない。
アルバート通りには似顔絵描きや馬や怪しげなうらないや大道芸人やバンドの演奏などがあり、歩いているだけでも飽きない。ただ、子供のジプシーが近寄って来たりするので用心が必要である
アルバート通りで昼食を食べ、次に新アルバート通りに行く。
新アルバート通りは新宿のアルタ前の通りのような、大きな本屋、CDショップ、デパート、スーパー、映画館が立ち並び、整然とした感じがある
ドム・クニーギという最も大きい本屋でドストエフスキーの本を買ってみる。日本の本屋と違い、立ち読みは出来ず、カウンターからおばちゃんに見てみたい本を出してもらって、買いたければ先にレジでお金を払ってレシートをもらい、そのレシートをおばちゃんにあげるとその本がもらえる、というちょっとややこしいシステムになっていて、おばちゃんは英語を喋れないようだし、かなり戸惑いながらもロシア語の「罪と罰」を購入することが出来る。
それからちょっと外れ方にあるトルストイ博物館へ行く。入場料は30ルーブルでカメラは20ルーブル。人はあまり入っておらず、個人的にはあまり見るべきものもなかった。入館者のノートを見ると意外に日本人もちらほらと書き残している。
また新アルバート通りに戻り、かなり大きいスーパーでお土産の買い物をする。スーパーも日本とシステムが異なり、まず袋系の荷物は入口の脇のクローク(?)に預けなければならない。それ以外は特に違いはないが。
生活雑貨は非常に安く、ウォッカは中瓶くらいで20ルーブル(約100円)だった。
大きな薬屋を見掛けたので入って見てみたが、マーロックスプラスやコンタックスなどの一般的な薬はあるようだが、SSRIはやはり置いていないようだった。SSRIがあるかどうか聞くのも抵抗があり、本当のところはよく分からないが、主なSSRIはロシアでも承認されているので、医者の処方でしかもらえないのかもしれない。
その後アルバート通りで夕食を食べる。ロシア料理も飽きたのでイタリア系の店に入ってピザを食べる。久々にちょっと違う味で安心する。
たくさんの荷物を持って、シャトルバスでホテルへ戻る。
ホテルに戻るともう8時半。明日はホテルを引き払うので、ある程度荷物をまとめて、さっさと寝る。

7日目(1999/8/20)
朝は9時に荷物をまとめ、10時にチェックアウトする。
2日ほど前は旅の終わりを考えると名残惜しい感じがしたが、今ではやっと日本に帰れるという気分になっている。
まずはトレチャコフ美術館というモスクワでは最も大きい美術館へ行く。ここには主に中世時代のキリストを描いたイコンと呼ばれる宗教画と18世紀以降のロシアの画家によるどちらかというと写実的な絵画や肖像画が多い。
イコンはエルミタージュ美術館でも数多く見たが、とにかく重い。見ているだけで心が圧迫されてきて気分が悪くなりそうである。さすがに人々から自由を奪い、宗教で人民を縛り付けていた暗黒の中世を代表する絵画だな、と納得する。
それ以外の絵画は結構おもしろい。最も印象に残ったのは、ドストエフスキーの最も有名な肖像画である。どこかで見たことがあるなー、と思って後で確認してみるとそれは僕が読んだ新潮文庫のドストエフスキー作品の表紙に載っているものだった。
肖像画ではトルストイ、チェーホフ、チャイコフスキーのもあった。
またそれ以外の作品では、風刺絵画や農民の貧しい生活を描いた絵画やイワン雷帝やピョートル大帝の歴史上の出来事を描いた作品などがあり、エルミタージュ美術館ほど人が多くもなく、見ていて飽きない
しかし自由に見て回る時間はたったの30分しかなく、十分に見ることができなくて残念だった。
その後レストランで食事。メインは魚とフライドポテトだったが、これがまた油っこくて、魚は変なくさみがあってほとんど食べることができない。デザートのアイスクリームはおいしい。ブルーベリーのジュースがついていたが、これがまた異常に甘く、砂糖ジュースのようである。
食後はおみやげ屋へ連れて行かれる。まだキャビアを買っていなかったので、50gを15ドルで2個買う。
その後赤の広場にあるグム百貨店へ行く。ここはほとんどがヨーロッパやアメリカのブランドものばかりで、特に安くもなくおもしろくない。もっとキャビアが欲しかったので、探してみるがここには食料品は置いていない。
ここでは諦めて、バスが止まった赤の広場近くのホテルで探してみることにする。ここのおみやげ売り場で100gが7ドルで売っている。ここでこれを2個買う。本当はロシア国外への持ち出しは250gまでだが、没収されてもともとで多めに買ってみる。
しかしキャビアだけは値段が分からない。多分、いかにもおみやげ屋で買うと高いのだろう。
5時くらいにそこを出発し、モスクワの空港へ向う。モスクワの中心地から1時間くらいで到着。
それから入管審査。ここでもなんのチェックもなく通ることができる。問題のキャビアも問題なしでほっとする。最近ではチェックがかなり緩くなっているのだろうか。また、日本人観光客だからだろうか。
免税店でぶらぶらしてみるが、特に欲しいものはないので特に何も買わない。
搭乗の時間となり、一旦は飛行機への通路へ通されたが、トラブルが発生しているらしくまた待合室に戻される。
大丈夫なんかい、と思いながら待っていると、15分くらいで飛行機に入ることができる。
東京への飛行機はエアバスの310というやつで、結構小奇麗で安心する。やっと日本へ帰ることができるんだ、と思うと結構うれしい
この飛行機に乗って久々に日本の情報にありつくことができたが、そこで「富士、第一勧銀、日本興業銀行の合併」という記事を見て、日本はそんなことになってるんだー、と浦島太郎の気分になる。
機内で夕食を食べ、機内泊ということで寝てこの日は終わる。

8日目(1999/8/21)
成田へ無事着陸し、入国審査を通り成田の到着ロビーに出てきたのは日本時間の11時。
それから成田で好物のカツ丼を食べる。久々の日本食に食べて、日本に帰ってきた実感が湧き、ほっと安心する
もう英語とロシア語で考える必要がないと思うと脳も安心する
それから帰宅できたのは3時くらい。
もう体力の限界だったが、片づけしたり、買い物に行ったり、なんだかんだで結局寝たのはいつもの時間だった。




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